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    <title>すみれ帳</title>
    <description>すみれはすみれであれば良い。
どうしてお前はすみれなのかは、すみれのあずかり知らぬところである。

読書感想文を基本として考えていることなどを書いていきます。
解釈に誤りがあるかもしれません。</description>
    <link>https://izysk.tsuyushiba.com/</link>
    <language>ja</language>
    <copyright>Copyright (C) NINJATOOLS ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

    <item>
      <title>現実の問題</title>
      <description>先日、防錆に関する資格講義があったため、平日にも関わらず外出してオフィス街に出た。&lt;br /&gt;
そのとき、いろいろと感じることがあったので書き残しておくことにする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私の勤め先は臨海工業地帯の一角に坐する建設系の工場で、そこで生産の管理をするのが私の仕事となっている。&lt;br /&gt;
生産管理以外にも、設計・計画・品質管理・施工といろいろあるが、いろいろの縁に導かれて今の部署に座席を持っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
会社は老舗ということもあり、勤続年数の長い人間が多く平均年齢も高い。&lt;br /&gt;
リストラもほとんどなく、仕事の遂行能力の有無にかかわらず年功序列で出世していくため、とりあえず毎日会社に通うという人が多い。&lt;br /&gt;
特に、工場作業者はとりあえずその日の生活のために仕事をしている傾向が強く、口を開けば上司の愚痴や月給の話、それが終わると飲み会と賭博と風俗の話である。&lt;br /&gt;
あとは、誰と誰が不仲だとか、事務所（管理系の人間）の誰が新しい車を買ったとか、女性社員の彼氏が自分と比べてどうだとか、毎日異口同音の会話を楽しんでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
簡単に言うとムラ社会なのである。&lt;br /&gt;
私はムラ社会に馴染もうと頑張ってきたが、私の波長が合わないためか、無視できない心労となっている。&lt;br /&gt;
まあここでは割愛したい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、話は戻るが、平日に小さなムラを離れて久々にゆったりとできたのは非常に有難いことだった。&lt;br /&gt;
まず、世の中になんと人間の多いことか！&lt;br /&gt;
やはり私のいた世界は小さなムラであった。&lt;br /&gt;
みんなそれぞれの仕事をして思い思いの生活を送っている。&lt;br /&gt;
なんだか、一人ひとりの中に宇宙が詰まっているのを感じたなぁ。&lt;br /&gt;
そして、同時にそれが自分の中にもあると思うと、やはり人間は内なる情熱のために生きるのが本当の在り様という気がしてくるなぁ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして次に、講義の中で感じたことを書いていく。&lt;br /&gt;
講師陣は企業の中で開発職をしている人間が多く、その道の専門家であった。&lt;br /&gt;
この人たちはみな、自分の仕事に楽しさを見出していて、その楽しさがわかるような講義であった。&lt;br /&gt;
この分野の重要性を語る中にも、逼迫した問題意識だけでなく、これを解決したと自ら望んでいることが伝わってくる講義だった。&lt;br /&gt;
私は講義の内容よりも、講師達がどうして、本来つまらないはずの仕事について楽しく語れるのかを考えていた。&lt;br /&gt;
ふと思い至ったのは、各々が本当に自分の仕事に誇りを持っているということと、そのテーマについて自分のもてるすべてをかけているということである。&lt;br /&gt;
学者の性というものかもしれないが、飽くなき探求心をもった方々だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後になるが、私はこの外出を通して生命の問題というキーワードが頭をよぎったのである。&lt;br /&gt;
生命の問題とは、自らの生活一日一日がどうやったらうまく送れるかということではなく、&lt;br /&gt;
自分の生命を燃焼して一つの物事に立ち向かったときに生ずるものだと思う。&lt;br /&gt;
どうしたら仕事で失敗しないとか、給料がもらえるかというのは、生活の問題であって、&lt;br /&gt;
戻らない砂時計のように絶えず流れていく、生命の行き場を本気で考えるのが生命の問題である。&lt;br /&gt;
いただいた命の使いどころの問題である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
生活の問題は生の問題であり、生命の問題は死の問題と考える。&lt;br /&gt;
前者は私は明日も生きるという生き方で、後者は私は明日には死んでいるという生き方である。&lt;br /&gt;
そして私は、後者をテーマに生きていたいと思う。&lt;br /&gt;
またそれは、私自身が選び取ったものでなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/diary/%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E3%81%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C</link> 
    </item>
    <item>
      <title>鎌倉2</title>
      <description>和田塚の駅を降りて長谷の方へ少し歩くとうなぎ屋がある。&lt;br /&gt;
つる屋といってかつて川端康成などの鎌倉文士が通った店である。&lt;br /&gt;
今日にも良質な店として名を残しており、予約をしなければ昼時を過ぎる程度に待つか、メ門前払いとなることもある。&lt;br /&gt;
以前から目をつけていたのではあるが、仕事の都合もあり足が向かなかった。&lt;br /&gt;
しかし此度は特殊な事情で四連休を賜ったので、鎌倉を散歩しながらうなぎを食べるという御機嫌な旅程を思いついた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二年ぶりの小町通りは修学旅行生で賑わっていた。&lt;br /&gt;
通り沿いのイワタコーヒーにも行きたかったことを思い出し、うなぎの後に寄ることを決めた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
江ノ電に乗り、和田塚駅からつる屋へ向かったが、ノロノロしていたら正午となってしまった。&lt;br /&gt;
二年前は惜敗したので嫌な予感がよぎったけれど、なんとか二時半に入れることになった。&lt;br /&gt;
待ち時間には鎌倉文学館と長谷寺へ行くこととした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鎌倉文学館は小高い丘の上にある。&lt;br /&gt;
坂の始まりが文学館の敷地の始まりで、少し踏み込むと辺りが木々に覆われ日陰になる。&lt;br /&gt;
陽の光が殆ど届かない暗い道の両脇は鎌倉文人達の歌と俳句が小さな碑文となって立ててある。&lt;br /&gt;
「大海の磯もとどろに寄する浪われてくだけて裂けて散るかも」&lt;br /&gt;
この歌、下の句の畳みかける表現が、まさしく波の様相という気がしてとても好きだな。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
坂を登ると文学館である。&lt;br /&gt;
外見は洋館と呼んで相違ないが、屋根は青色の瓦葺きで不思議な感じがした。&lt;br /&gt;
展示室のある二階は洋風に設えてあるが、三階は畳に障子の部屋であるとみた。&lt;br /&gt;
最も三階は公開されていないため、外から眺めたところ、そのようであったというだけであるが。&lt;br /&gt;
元々前田の殿様の別荘であり和洋折衷の建物だったが、焼失復旧され現在の洋風の佇まいとなったそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
館内には文人の直筆原稿が小規模にまとめられている。&lt;br /&gt;
作品も初期装丁のものが並べられていて見ているだけで楽しかった。&lt;br /&gt;
大抵表題しか書いていない。&lt;br /&gt;
ということは、どんな内容だろうと考える想像力というのは完全に私のものであるから、私の持っている人生観がそのまま本を手にとった時の感情になる、という気さえした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
(中断)</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/diary/%E9%8E%8C%E5%80%892</link> 
    </item>
    <item>
      <title>大阪の夏</title>
      <description>大阪の夏　夜の八時の公園を人がまばらに走っています&lt;br /&gt;
僕もそれに混じって走ります&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大阪の夏　走り出しは楽しい踊りのようでした&lt;br /&gt;
僕は軽やかに花壇を飛び越え&lt;br /&gt;
進入禁止のパイプも跨ぎました&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
大阪の夏　往路の半ばで疲れが出ます&lt;br /&gt;
一度休むか休むまいか&lt;br /&gt;
弱い自分を振り切ってともかく走った夜でした</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/diary/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E3%81%AE%E5%A4%8F</link> 
    </item>
    <item>
      <title>日記</title>
      <description>会社の寮に入っています。&lt;br /&gt;
はじめは一人一部屋だったのですが、訳あって、今は二人で一つの部屋で生活しています。&lt;br /&gt;
12畳の和室をふすまを境に6畳ずつ分けていて、玄関側が私で奥が同期です。&lt;br /&gt;
玄関の通路から各スペースに移動できるので、片方の部屋を通らないともう片方の部屋にいけないということはありません。&lt;br /&gt;
しかし、相部屋にドライヤーを貸さなければならないので、こちらへの入り口は常に半開きとしています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
相部屋はパチンコとタバコが好きなのだが、喫煙の方は私に悪いからと控えている。&lt;br /&gt;
気にしなくていいと言っても頑なに禁煙しているので、そのうちストレスが爆発するのではないかと予想している。&lt;br /&gt;
パチンコをやめてダーツをやりたいとか言ってるが、どうかなぁ。&lt;br /&gt;
二つもやめたら別人だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
今日は早速、鍵を閉じ込めた。&lt;br /&gt;
私が少し談話室に行った隙に、鍵をかけて外出してしまった。&lt;br /&gt;
仕方ないから談話室で彼が戻るまで読書していた。&lt;br /&gt;
最近本を読む時間もねぇや、と意気込んで古本や雑誌を買ったはいいが、手元に偶然あった、読みかけの罪と罰を開いたらいつの間にか眠っていた。&lt;br /&gt;
そういや同期が甲子園で野球を見に行ったんだ、中継で見るか、0-10か、こりゃ夕飯は反省会だな、そうこうしてたら相部屋から連絡がきた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
駅前で合流して焼き肉を食べた。&lt;br /&gt;
盛り合わせを頼んたらホルモンばかりだった。&lt;br /&gt;
ホルモンは苦手らしい。&lt;br /&gt;
好きなのを頼めばいいのに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ミミカブを食いながら配属の話をした。&lt;br /&gt;
東京に戻りたいらしいが理由は聞けなかった。&lt;br /&gt;
同期の中で一番配属先を気にしているように思う。&lt;br /&gt;
女でも東京においてきたな、と勝手に想像している。&lt;br /&gt;
実際、都会には家族以外は何でもある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
たいてい私が先に寝るので気付かなかったが、寝息はふすま一枚では遮られないンだなぁ。&lt;br /&gt;
ふすま越しに会話するクセにこういうときに痛感する。&lt;br /&gt;
一応気を使って大人しくしていようとすると、本の頁をめくる音も妨げにならないかとやけに気になる。&lt;br /&gt;
少々やりにくいのでこちらもさっさと寝ることにする。</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/diary/%E6%97%A5%E8%A8%98</link> 
    </item>
    <item>
      <title>研究の思い出</title>
      <description>橋梁維持管理の研究をはじめたのは高専5年生からなので、もう5年が経つことになる。&lt;br /&gt;
大学生活よりも研究生活の方が長いことになる。&lt;br /&gt;
実際に研究した期間は高専の卒研配属時の1年、大学学部で1年、修士で2年の計4年である。&lt;br /&gt;
改めて計算すると、研究生活だけでも長いものになる。&lt;br /&gt;
もっとも、私の性分と先生方の性分で、研究室で寝泊まりするほど研究に打ち込むことはなかった。&lt;br /&gt;
研究生活の忙しさは担当教授の性格に依存するので、運がよかったといえるだろう。&lt;br /&gt;
ごく平凡な生活をさせてもらった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
高専時の研究はマニュアルのデータ化(マクロ化)だった。&lt;br /&gt;
社会基盤施設の状態は点検によって把握しなければならない。&lt;br /&gt;
点検は、国交省で作成される写真判定例を参照しながらおこなわれ、結果を個別施設の状態をまとめ用の紙に書き込む。&lt;br /&gt;
このとき作成される紙のデータは、データベースにまとめるときに、電子化する手間がかかることになる。&lt;br /&gt;
紙上のデータを見ながらパソコンにデータを打つ時間は無駄である。&lt;br /&gt;
この手間を削減するために少々手伝いをしたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
簡潔に研究内容をまとめると、Excel上で国交省のマニュアルを再現したのである。&lt;br /&gt;
このときマクロ機能を追加し、写真判定をクリックすることで、対象部材の点検結果がまとめ用データシートに入力されるというものである。&lt;br /&gt;
要は写真判定例を片手に対象部材を見て、似た損傷形態の写真があればそれをクリックするだけで点検を終えることができるというものを作成した。&lt;br /&gt;
ハンドヘルドPCにそのファイルを入れておけば、紙媒体を経由する必要もない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
研究成果は他にも少しあるが、当時の研究生活について少し書いておきたい。&lt;br /&gt;
特別なことはないのだが、日記的に残しておこうと思っている。&lt;br /&gt;
吾輩は猫であるの「吾輩」は日記などと無用の長物を残しだがるのは人間だけだと言っていたのを何故か思い出した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
研究開始当初は「お前はマニュアルをつくれ」という指示だけが与えられていた。&lt;br /&gt;
もちろんこれだけでは何をしていいか分からない。&lt;br /&gt;
しばらくは「橋梁点検」「点検マニュアル」などのキーワードでインターネット検索して、資料を探していた。&lt;br /&gt;
いくらか資料を集めたが、どれも私には難しかった。&lt;br /&gt;
というか終着点を決めていないのに有益な資料がみつかるはずもない。&lt;br /&gt;
はじめ一月くらいは研究室でコーヒーを飲んで菓子を食っているだけの生活を送った。&lt;br /&gt;
その後、改めて先生に、もう少し具体的に教えてくださいと頼んだところで、ようやくやるべきことがわかった。&lt;br /&gt;
先に述べたことである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここから研究室に籠ってずっとVBAの勉強をしていた。&lt;br /&gt;
参考書を学校で購入してもらい、ひたすら例題を解いた。&lt;br /&gt;
参考書を一周したあたりで自分でもできそうだという自信がついてきた。&lt;br /&gt;
そこで写真判定を見ながらまとめ用データシートにデータを入力できないかと考えるようになった。&lt;br /&gt;
このとき、別の研究生が実際の構造物の点検をおこなっていたのに同行させてもらい、実務ではどんな機能が必要かを考えた。&lt;br /&gt;
①写真を参照しながらのまとめ用データシートへの記入&lt;br /&gt;
②構造物によって異なる部材数によるデータシートの拡大&lt;br /&gt;
が問題になるように思われた。&lt;br /&gt;
①については既に検討していたが、②は少し骨がいるなと感じた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こんな風に書くとずいぶん真面目な研究生活と思われるかもしれないが、実際は暢気なもので、2人して山中の道の駅で先生に饅頭をねだって食っていたのである。&lt;br /&gt;
なぜかその饅頭が異様に美味く感じたが気のせいだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
後に②に着手したが、実はこれが非常に面倒な作業であった。&lt;br /&gt;
最初に点検する部材数が分かっている場合には、事前にまとめ用シートを整えていけば良いが、設計者であってもそんなことは困難であろう。&lt;br /&gt;
そのため、現場でシートを作り直す必要がある。&lt;br /&gt;
記入欄がいっぱいになったら欄を追加するマクロを組めば良いだけだが、行を挿入すると周囲の項目も増えてしまい、問題となるケースがあって難儀した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この状態になってから、プログラムの挙動を紙面上に書くことにした。&lt;br /&gt;
この動きをするためにVBAではこの処理をさせるとメモを取っておく。&lt;br /&gt;
見た目(PC上の表現)から内部の処理を想像するようにしたわけである。&lt;br /&gt;
以降大変作業がはかどるようになった。&lt;br /&gt;
それにしても、紙媒体の使用を減らすために始めた研究なのに、結局紙に頼っていることを思うと面白い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最後には、VBAはセルを基準として命令しなければならないと気づき、言語の特性を理解した上で処理を書けるようになった。&lt;br /&gt;
こうなれば、できない命令を書くこともないし、できる命令に置き換えることもできる。&lt;br /&gt;
ここまで達したときにちょうど期限となったので研究をまとめることになった。&lt;br /&gt;
もう追加すべき機能もなかったのですんなりとまとめられた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
研究内容以外のところでは、だいたい格闘ゲームかモンハンをして過ごしていたように覚えている。&lt;br /&gt;
午前中は研究をして、昼休みと放課後はゲームばかりしていた。&lt;br /&gt;
今思うとキチガイのように時間をかけていたのだが、その分苦い思い出も殆どないのでよかったかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
朝一番にコーヒーを作って、先生と雑談していたのが懐かしい。&lt;br /&gt;
思えば研究に親しみをもって生きることの一端を味わったのもこのときかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先生も最近は気力体力共にすっかり衰えたと弟達から聞いている。&lt;br /&gt;
医者に通って休む日も増えたそうで心配している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
秋に母校を訪れたときにお会いしたが、元気な様子であったので安心した。&lt;br /&gt;
今は車両を用いた非破壊試験にお熱のようで、アスファルト下の床版の劣化状態を知るべく、共同研究を準備しているとのことだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
お手伝いできることもないので挨拶のみで暇乞いしたが、次はどこで会うことになるかわからないので、もう少し話しておけばよかったと若干後悔している。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/diary/%E7%A0%94%E7%A9%B6%E3%81%AE%E6%80%9D%E3%81%84%E5%87%BA</link> 
    </item>
    <item>
      <title>小林秀雄さんのこと -2-</title>
      <description>はじめに聴いたのは「文学の雑感」だった。&lt;br /&gt;
かかりつけの医者に煙草を止めろと言われ、「よし止めてやろう」と煙草を置いて出たら、その医者が追いかけてきて「君、煙草を忘れたよ」というやり取りがあったと話された。&lt;br /&gt;
もっと難い内容だと予想していたので、不意を突かれて笑ってしまった。&lt;br /&gt;
小林さんも何とも楽しそうに話すもので、私はすぐにこの人のファンになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
小林さんの講演はずっと先述したような雑談形式で進んでいく。&lt;br /&gt;
聴いているだけで自然と考えさせられるようになっている。&lt;br /&gt;
登山に要する40分が苦痛でなかったのは、ひとえにそのおかげだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、前回、頭をやられたとして擱筆したのだが、それはどういうことか少し書いておく。&lt;br /&gt;
それは、小林さんがベルグソンの「物質と記憶」を引かれて説いた、&lt;span style=&quot;text-decoration: underline;&quot;&gt;脳の運動と精神の働きは厳密に一致していない&lt;/span&gt;という哲学を聞いたときであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
当時、私は科学を利用する者の中でも最も幼稚な部類の人間であるから、この世の全てはおそらく方程式で表現され得るのではないかと漠然と考えていた。&lt;br /&gt;
そうであるならば、私の精神は脳の運動であり、脳の運動を計算することができれば、精神を再現することができるのではないか、というところまで根拠もなく妄想していた。&lt;br /&gt;
脳に含まれる幾千億のニューロンの発火が、ひとのすべてなのではないか。&lt;br /&gt;
そうであるならば、この命など大したものではないとやさぐれたこともあった。&lt;br /&gt;
この得体のしれない不安を拭い去ってくれたのがあの人の思想だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
端的に書く。&lt;br /&gt;
ベルグソンは「記憶」と「脳の局所」の関係を調べた。&lt;br /&gt;
記憶は精神である。&lt;br /&gt;
脳は物質である。&lt;br /&gt;
記憶を司る脳の局所は確かに存在する。&lt;br /&gt;
では、その局所が傷つけられたならば、記憶すなわち精神の作用は失われるか。&lt;br /&gt;
そうであれば精神は脳の運動と一致しているといえる。&lt;br /&gt;
しかし、実験の結果、そうでないということが分かった。&lt;br /&gt;
つまり、脳の運動と精神の働きは一致していないという証明が為されたのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ベルグソンの証明に、小林さんは以下のように付け加えた。&lt;br /&gt;
もし、測定できる脳の運動と精神の働きが厳密に一致するのであれば、精神なんて盲腸のように無くなってしまうはずじゃないか。&lt;br /&gt;
僕らは多くのことを機械的に、精神なんて使わないで過ごしている。&lt;br /&gt;
そのとき、精神はいらなくなってるじゃないか。&lt;br /&gt;
それならどうして精神が現在も存在しているのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以上2点は、私のこれまでの程度の低い唯物論観を打ち破ってくれた。&lt;br /&gt;
持論と真逆の考えにぶつかったので、文句なしにやられたというわけである。&lt;br /&gt;
おそらく多くの凡人はそうではないだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は「雑談」を聴きながら、深山のひとつに導かれたという思いがした。&lt;br /&gt;
そして、世界にはより難しい問題が山積していることを教えてくれた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その後、事あるごとに小林さんだったらどう考えるかななどと意味もなく考えることがあるが、&lt;br /&gt;
こんなことでは泉下の先生も嘆かれるだろうと極力自分なりに考えるよう努めている。</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/%E6%84%9F%E6%83%B3%E6%96%87/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%A7%80%E9%9B%84%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8%20-2-</link> 
    </item>
    <item>
      <title>小林秀雄さんのこと -1-</title>
      <description>小林秀雄さんを知ったのは修士1年の5月だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は修士の研究で脳の構造を模した技術を援用していた。&lt;br /&gt;
当時は研究が始まったばかりで、暇を持て余していたため、脳科学に関する本を少し読んでみることにした。&lt;br /&gt;
古本屋を30分ほどうろうろして、茂木健一郎さんの「脳と仮想」という文庫本を見つけた。&lt;br /&gt;
新潮文庫の薄い本だったため、不勉強な私でも読み通せるだろうと思い購入した。&lt;br /&gt;
折り返しに小林秀雄賞受賞と書いてあったが、このときは対して意識しなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
家に帰り早速読み始めると、そのほとんどが小林さんの講演の引用であった。&lt;br /&gt;
小林さんの講演を引用し、茂木さんが自身の経験を踏まえてその補足をするものだったと記憶している。&lt;br /&gt;
私としては茂木さんの考えを読みたかったのに、未知の男の講演で煙に巻かれたようだった。&lt;br /&gt;
引用の多さにうんざりしながらも通読したが、わかったのは、小林秀雄という人物が偉大な仕事をしたということだけであった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それからしばらくは小林さんのことを忘れて生活をしていたのだが、何かの用事で訪れた、普段使わない文系図書館で、小林さんの講演CDを発見した。&lt;br /&gt;
このとき、脳と仮想のタネであることを思い出し、借りてみたのがはじまりだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにしても、どうしてCDコーナーを眺めていたのか思い出すことができない。&lt;br /&gt;
そもそも研究する分には文系図書館に用事はない。&lt;br /&gt;
ともかく、私はそのCDを聴いてみることにした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は有無を言わさず頭をやられた。</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/%E6%84%9F%E6%83%B3%E6%96%87/%E5%B0%8F%E6%9E%97%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8%20-1-</link> 
    </item>
    <item>
      <title>朝読書</title>
      <description>心なしか朝起きてすぐに読書をした日は何事にも集中できる。&lt;br /&gt;
この集中力は夕方まで維持するので大抵の事は上手くいく。&lt;br /&gt;
また、周囲が騒然としていても気にならない。&lt;br /&gt;
平時は呶鳴りつけたくなるような騒音も、「ああそんなに騒ぎたいんだな、余程良いことがあったのだろうな」と落ち着いていられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
遅く起きると自分が空洞化したような感覚になって何も手に着かない。&lt;br /&gt;
今は論文を書かなければならない時期なのだが、そういう気分にならないので困る。&lt;br /&gt;
どうも頭が働かない。&lt;br /&gt;
これは、起き抜けに読書をしてもいけない。&lt;br /&gt;
何かをはじめようという気に一向ならないのである。&lt;br /&gt;
よしやるぞと意気込んでも、形だけで内容のない取組みになる。&lt;br /&gt;
勉強をしても身につかず、作文は口から出まかせになり読み返すのが恐ろしいほどである。&lt;br /&gt;
この有様では一日中寝ていた方が良かったなぁと後悔するに至る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
また、読む本は何でも良いが、その道の一流のものがよいと思う。&lt;br /&gt;
今朝は『この人を見よ』という小林秀雄全集の月報集を読んだ。&lt;br /&gt;
どの作品も短く簡潔にまとめられていて、読んでいて飽きない。&lt;br /&gt;
それでいて各作家それぞれの個性が良く出ている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
一流の作品には迷いがない。&lt;br /&gt;
凡作家は言葉を探すが一流は言葉を捨てる、と小林秀雄は云った。&lt;br /&gt;
作品は作家の頭に詰まった叡智を、捨てに捨てた秘奥の結晶である。&lt;br /&gt;
この迷いのなさが私のような平凡な読者にも伝わり、私は淀みない青渓のほとりに立つ思いがする。&lt;br /&gt;
清々しい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
これが凡作家になると、泥濘を歩くのに付き合わされているような気になる。&lt;br /&gt;
一応淵までたどり着こうとする健気な読者の多くは沼に沈む。&lt;br /&gt;
だらだら読んで読み切らず、終いには棚の肥やしになる。&lt;br /&gt;
もっぱら無事に対岸に到着しても息も絶え絶え何も残らないので余計にたちが悪い。&lt;br /&gt;
最善の対策は、つまらんと思ったらすぐに見切りをつけることだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
少し話が逸れたができる限り一流のものを読むことを心がけようと思う。&lt;br /&gt;
現在読んでいるのは中谷宇吉郎の随筆集である。&lt;br /&gt;
修身教授録も気を引き締めるのに大変役立っている。&lt;br /&gt;
また、長大橋の科学という一般向けの橋梁本も読んでいる。&lt;br /&gt;
これは学生にも大変ありがたい本である。&lt;br /&gt;
この朝読書、子供の頃の習慣がったが、また復活させたい。</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/diary/%E6%9C%9D%E8%AA%AD%E6%9B%B8</link> 
    </item>
    <item>
      <title>2014年</title>
      <description>本年は私にとって大変思い出深いものとなりました。&lt;br /&gt;
皆さま、本年も大変お世話になりました。&lt;br /&gt;
自由な時間が多かったのだから、皆さんひとりひとりと、もっとゆっくり話しておけばよかったと、寂寞の念が尽きません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以降、振り返り。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href=&quot;https://izysk.tsuyushiba.com/diary/2014%E5%B9%B4&quot; target=&quot;_blank&quot;&gt;つづきはこちら&lt;/a&gt;</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/diary/2014%E5%B9%B4</link> 
    </item>
    <item>
      <title>土木工学について</title>
      <description>土木工学は総合工学である。&lt;br /&gt;
これは学会誌などで頻りに叫ばれる文句です。&lt;br /&gt;
これまでの私の理解はおおよそ次のようなものでした。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;hr /&gt;土木工学によるものづくりには、三力をはじめとする力学と交通需要予測や人口増減のモデル化といった統計学、そして都市計画や法規といったものの関連している。&lt;br /&gt;
すなわち土木工学とは土木工学専攻の中での知識の総合的な理解力が必要になる。&lt;br /&gt;
&lt;hr /&gt;&lt;br /&gt;
そのため、自分の専門分野以外の科目も積極的に学び修めなければならないと考えておりました。&lt;br /&gt;
もちろんこの点において間違いはないように思うのです。&lt;br /&gt;
ある構造物を構築するに際して発生する複雑な困難を、土木工学の知識を総動員して解決することが、土木技術者の役目である。&lt;br /&gt;
もちろんこの点についても反論の余地はありませんし、そうすることによって確実に技術力は高まり、より困難な工事に対応することも可能となるでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
しかしながら、最近は若干考え方が変わってきました。&lt;br /&gt;
先に述べた工学の知識だけでなく、その土地の歴史や民族学も知らなければならないし、文学や美術も知らなければならないと思うのであります。&lt;br /&gt;
一見すると、構造物を造る上では何の関係もない事柄に思われますが、実は土木工学の原点があると考えてよいと思うのです。&lt;br /&gt;
それは、土木工学の対象が「利用する市民」であるからです。&lt;br /&gt;
市民のことを知らなければ、如何に困難な技術を用いたとしても、本当に役に立つ構造物が造れるとは思えません。&lt;br /&gt;
どんな立派な構造物も、市民への利益となって初めて価値が生まれるのです。&lt;br /&gt;
そのためには、構造物に関する知識だけでなく、市民への理解が必要であり、先に挙げた事柄も良く分かっていなければと思うのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
市民を理解するためには、それ以外にも実に多くの勉強をしなければならないでしょう。&lt;br /&gt;
専門知識を深めつつ、読書もしなければならない。&lt;br /&gt;
そのうえ、昨今は海外進出が盛んでありますから、語学も堪能でなければならない。&lt;br /&gt;
やるべきことが山積しており、休む暇もないように思われますね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
土木技術者の伝記が学会100周年を機に出版されましたので、読んでみましたところ、やはり優れた技術者は大変に深い教養を身に着けておられました。&lt;br /&gt;
市民の為に、という使命感がありました。
&lt;blockquote&gt;人類ノ為メ國ノ為メ&lt;/blockquote&gt;
青山士氏の言葉はなに一つの虚栄も謙遜もないように見えます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ここで私を省みますと、実に浅はかな人生を送ってきたことが悔やまれます。&lt;br /&gt;
工学の知識に関しても、今は複雑でわからない問題・別分野との相互関係はいつか働いていくうちに分かる日が来るであろうと思っていました。&lt;br /&gt;
また工学と社会は密接に関係しているとはいえ、厳密には一致していないのだから、技術者はモデル化された世界の説明のみに注力すべきと思っていました。&lt;br /&gt;
断じてそうではありませんね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先に述べましたように、土木工学に従事する人間が学ぶべきことは実に多いのです。&lt;br /&gt;
人生80年もあればそこそこの理解に達するなどと考えていては、何一つ為すことができずに終ってしまうでしょう。&lt;br /&gt;
人生は長距離走のようなもので、前半に手を抜きすぎると後半には絶対に先頭に追い付けないと森信三氏が教授しておられましたが、単なる脅し文句ではないのです。&lt;br /&gt;
必死に人生を生きた人が掴んだ真実の後悔から、少しでも同じ後悔をして欲しくないがために、これからの国を支える人間に対しての贈りものなのです。&lt;br /&gt;
また、森氏は、人生を短距離走のように思えてからが本番である、ということも言っておられました。&lt;br /&gt;
私はこういう話に出会う度に襟元を正すのであります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
さて、土木技術者にとって広範な知識が必要であることを述べてきましたが、私がこのように考えを改めたのはごく最近のことなのです。&lt;br /&gt;
学生生活の最後に、素直に自己と対話をしてみようとじっと考えていますと、自分の情けなさが分かってくるもので、後悔の念が尽きません。&lt;br /&gt;
同時に先哲らの後悔もわが身に沁み込んでくるもので、何ともいえないかなしさが感じられます。&lt;br /&gt;
そして、先人のかなしみを知ったならば、その教えに則って後悔のない人生を送らなければと思うのです。&lt;br /&gt;
ですから、偉大な人らが、土木工学のあるべきすがたを説いて死んでいったのなら、私もそれをよく理解していかなければならないと考えるのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
先日、学内の南と中央を結ぶ橋梁を離れて眺めていると、自分の存在がとるに足りないほど小さいことに改めて気づかされました。&lt;br /&gt;
ああいう大きな構造物に、人間というちっぽけな存在で挑まなければならないのは、本当に頼りないもので、少しも手を抜いていられないと思いました。&lt;br /&gt;
人間が小さな手足と脳髄を嘆きながら、懸命に国土を造っているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
</description> 
      <link>https://izysk.tsuyushiba.com/kougaku/%E5%9C%9F%E6%9C%A8%E5%B7%A5%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6</link> 
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